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【初投稿】ひどい社会人でした(自分語り)

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こんにちは、島田です。

今日からブログを書いていきます。あんまり気の利いたことは言えませんがよろしくお願いします。

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ブログのテーマについて うつ病になり会社を退職した私が無事社会復帰するまでの軌跡です。(予定) ブログを設立する目的としては、 これまでを振り返り、自分の気持ちを整理する 今まさに辛い状況にある人に、うつ病になる前に対応してもらいたい 会社を辞めるにあたって実施した手続きとかの備忘録として 辞めてみてどうなったか、これからどうなるかを見てもらう ブログでどれくらい稼げるか、今更ながら挑戦してみる ...
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このブログを書いている人 島田裕(Yutaka Shimada)です。 Twitterアカウント:@ShimayuSti 略歴 1985年4月21日 東京都北区で生まれる 2001年4月 東京都立工業高等専門学校 機械工学科に入学し、陸上部に入る。 本当は電気電子工学科に入りたかったのだが、入試の結果として第二希望の機械科に。 どちらかと言うと部活の為に学校行く生活をするが、友人らのサポートで無事...
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ご想像の通り、社畜でした

2016年4月14日に起こった熊本での震度7はあまりに唐突過ぎて呆然としていました。

思い出すのは2011年3月11日の東日本大震災です。時期としてはだいたいその前後の年がまさに社畜的な働き方をしていました。

まず3月10日の8:30に出社し、翌11日の5時頃まで仕事してほぼ始発で帰宅。

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入社してもうすぐ丸3年、私は残業したくない派なのですが、毎月60~80時間の残業、在職中何度か100時間越えた月もあります。

当時を思い返せば、震災後は節電の意味も込めて不要不急の残業はしないようにと通達があり、正直「これで少し休める」と思っていましたが、実際はマネージャーが「特別炎上してるプロジェクトだ」と申請して残業してたんですけどね。あの・・・部下に何の相談もなくそういうことするの辞めてもらいたいんですが。

いっこも早く帰れないから残業しながら親族や東北にいる友人の安否確認したり支援物資送ったりしたなぁ。一応大学のゼミ長やってたので情報とりまとめたりして。主に社内で。

この頃から会社のやり方・・・というか、主任(上司)とマネージャー(上位上司)のやり方に疑問を持ち始めます。もっと早く持てばよかったね!

今考えてもひどい生活をしていた

そもそも上司が残業体質でいつまでも帰らない人だったのに加えて、この頃の仕事はとあるパッケージソフトの保守でしたが不具合がガンガン出てくるようなちょっとアレな品質でした。新入社員の私が「えっ、これ売っていいものなの?しかも相当高いよ?」ってドン引きするくらい。NE○とかいわゆる大手のシステムって使えない上に高いからやめた方がいいっすよ。

 

当初は8:30に出社して21時~23時くらいに退社する生活でしたが、【緊急】みたいなメールが来ると簡単に終電を超えます。しかも「前日遅かったから今日は早く帰りな」とかないです。残業するのは当たり前的な職場でした。

朝の定時は守っていましたが、そんな生活も3年も続くとなるとだんだん崩れていきます。

まず勝手に午前休にして10時頃出社。帰りは24時の終電で帰るか、そのまま3時くらいまで仕事してタクシーで帰ります。帰ったら5時くらいまでMHFやって軽く寝て、また10時頃出社します。

流石に怒られるかなーと思っていたというか怒られたら逆切れしようと思っていたのですが、まさかの総スルー。部長クラスも何も言わねぇ。お前らの仕事ってなんだったっけ?

朝来られなくなってからガンガン有休が減りましたね。「遅刻したら有休を使う」みたいな暗黙の了解があり、1分遅刻しても半休申請する感じでした。どうせ半休なら行ける時間に行こうの精神で特段慌てなくなります。目覚ましが最初から9時に鳴るようになってたりとか。

有休が無くなってからも定時出社はせず、同じような生活をしていました。もちろん遅刻分は給料引かれますが、残業代でそれ以上に貰っているからセーフ、文句があるなら言ってこい的な感じで。

なんか体がおかしい・・・

色々体に不具合が生じてきたのはこの頃からですね。

以下、主な症状です。

  • 過敏性腸症候群
  • 日中常に眠い
  • 集中力が続かない
  • 記憶力の低下
  • イライラする
  • 腰痛
  • テニス肘
  • 夜は逆に眠れない

ざっと思いつくものはこんな感じです。

1時間に1回の割合でトイレに行きたくなり、眠いから用を足したらそのまま個室で15分くらい寝て戻ってくる。でも眠い。

集中力が続かないので仕事が全然進まない。電話の音、キーボードの音、ドアの音、話し声、とにかくちょっとした事が気になってしまいます。

記憶力がなくなってきて、電話受けたけど取り次ぎ先や誰からかかってきたかを忘れる。ジェイル・ハウス・ロック喰らったみたいな感じ。

常にイライラしていたけど特に誰に当たるでもなく、むしろ溜め込んでしまって余計やられる。

腰痛でイスに座っていられないし、マウス操作の所為で肘がずっと痛い。

ボロボロの状態で帰ってきて、寝ようと思っても何時間も眠れない。

こうしてみると2012年くらいには既にうつ病っぽいですね。

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手遅れの異動、そして休職

私から異動願いは出していないんですが、2013年4月に隣の課へ異動になりました。異動する直前は上司との仲も険悪でしたから上層部も流石にやばいと感じたのでしょうか。

スケジュール感見て多少余裕あるから今日は疲れたし早く帰ろうと思っていると、「あれ終わってるの?」とか「まだまだ作業残ってるでしょ」とか「帰るなら手伝ってよ」とか言ってきたりとかしてもう本当に嫌いでした。監督する立場というのもあるでしょうが、こっちはずーっと長時間残業し続けているという意識もありすごくうんざりした覚えがあります。一応まだ会社にずっといる想定だったから直接的な言葉は避けていましたが、お前まずスケジュールなんとかしろよと常に思っていました。

 

異動してからはリハビリのような生活でした。

新しい上司の方には色々気を使っていただいてだいたい定時に帰っていましたが、早い時間に布団に潜っても3~4時くらいまで寝られません。

気を使ってもらっているのに定時に間に合うように起きられない・・・本当に申し訳なくて気分がどんどん落ち込んできます。

その内総務からも面談に来いと言われ、「他にも遅くまで仕事している人いるけどちゃんと朝来ているんだから」とか「残業が嫌なら公務員にでもなればいい」とか言われ、「こいつらは相談を受ける側のクセに労働環境を是正しようとは思ってないんだな」と感じ、さらに気持ちが落ちて2014年5月にとうとう出社拒否をします。

というかもう布団から起き上がることができませんでした。

 

何日か寝込んだ後に会社から病院を紹介されたので行って、そこで休職を勧められます。このままだと死ぬと思っていたので休職することに決めました。

当初は3ヶ月~半年程度休めば復帰できるかな、ちゃんと治してもう一回ちゃんと働こうと思っていましたが、結局1年半ではどうにもならず結局休職期間が切れて退職しました。

というのがざっくりとした退職までの流れです。

休職~退職の間の話とかはこれから別の記事にしていこうと思います。

まとめ

  • 上司が合わなかったらさっさと異動申請しよう
  • うつ病の疑いをもったらなるべく早くメンタルへ
    • 遅れたら遅れただけ治療期間が長引きます
    • 体調不良で内科にいって原因がわからない場合もメンタルへ

 

今回は以上です。